2003年11月30日(月) とうとう恐れていた事件が起きてしまいました。 日本人外交官二人がイラクで殺害。状況はまだ詳しくわかりませんが、平和のために活動している人びとが犠牲になっているという現実をあらためて突きつけられたように思います。
こんななかイラクへの自衛隊派遣は決して行うべきではありません。臨時国会の召集を強く求めます。
2003年11月29日(日) 10:00〜 社民党一区幹事会挨拶 10:30〜 民主党一区幹事会 13:00〜 渋谷先生を囲む会 15:00〜 ご挨拶 18:00〜 新潟交通労組年次大会 19:00〜 黒岩参議月例会
渋谷先生は新潟大学の名誉教授。教え子の皆さんが年に4回ほど集まり、どなたかお一人のお話を聞いたあと、渋谷先生の講義を拝聴するというのが「囲む会」です。
参加者の大半は退職後の方々。一家言をおもちの方々ばかりで、若い私はもっぱら聞く役です。渋谷先生は、当選したばかりの私に、『論語』の一部を用いつつこれからの姿勢についてお話をくださいました。噛み締めてがんばります。
2003年11月28日(土) 6:50の新幹線で東京へ。 10:00〜 横田さんご夫妻面談 13:30〜 北陸国道協議会総決起総会 14:30〜 都内県人挨拶
横田さんご夫妻にお会いしてご挨拶することは、私がある新聞のインタビューで当選したら1ヶ月以内にやりたいこととしてお答えした内容です。新潟市民全員が心の痛みを共有し、1日も早い救出をと願っています。改めて形容しがたい心の痛みを感じずにはいられませんでした。拉致は国家的犯罪です。このことを私は選挙戦を通じて終始一貫述べてきました。自民党は拉致問題に熱心に取り組んでいるが、民主党は消極的だという声がときどき聞かれますが、決してそんなことはありません。独自に調査を行ったり、組織的対応を行ってきています。この問題を選挙目当てに利用する気持ちのある方がいらっしゃったということが、むしろ問題なのではないでしょうか。
2003年11月27日(金) 始発の新幹線で東京へ。 9:40〜 安全保障委員会 10:00〜 環日本海議員連盟について来客 11:00〜 中小企業政策を考える会 11:30〜 民主党女性議員懇談会 12:40〜 代議士会 13:00〜 本会議 13:30〜 連続立体交差事業促進大会 15:00〜 連合本部で笹森会長・笹野事務局長挨拶
など民主党の女性議員は衆の民主党・無所属クラブと参の新緑風会をあわせて25人。今回の総選挙で9人増という大躍進です。心から嬉しく思います。
今日は特別国会最終日。たった9日間だけの会期でした。散会後、民主党はじめ野党がそろって臨時国会召集の要求を行いましたが、数の力ではねつけられてしまいました。首相の所信表明演説も聞けずじまい。今回の解散・総選挙に大義がなかったこと
が改めてよく分かります。
2003年11月26日(木) 今週、一日だけの新潟滞在の日。 日中はご挨拶回り、夕方は連合新潟と民主党国会議員団との懇談会。中座して新潟地協定期総会で挨拶。
夜はFM-KENTO佐藤憲市議の番組収録です。短い時間でコンパクトにおしゃべりしてきました。
2003年11月25日(水)
8:00〜 民主党次の内閣外務・安全保障合同部門会議
11:00〜 羽越本線新幹線直通促進大会
13:00〜 日本海沿岸東北自動車道沿線市町村建設促進大会
14:00〜 衆議院予算委員会
17:00〜 イラクの現状に関する勉強会
北東アジアのなかの日本、日本のなかの日本海沿岸地域、その拠点となる新潟、という位置付けから、幹線インフラのネットワーク整備に私は賛成です。大会では「力の強い先生が予算をひっぱってくる」という20年前かと思うような挨拶が頻発。驚きと同時に、現実はこうなのだと再認識しました。 衆議院予算委員会は小泉首相の相変わらずのすりかえ答弁。国内外の課題が山積しているというのに、所信表明を年明けの通常国会まで引き伸ばしました。あまりにも空虚な政治です。これが日本の国会かと思うと、情けない気がします。 イラクの勉強会では劣化ウラン弾の知られざる被害と真実について、現地で活躍してきた方からお話を伺いました。
夜は新潟へ帰港、地域文化研究会で食料と農業の学習です。
2003年11月23日(勤労感謝の日) 祝!アルビレックス新潟J2優勝&J1昇格! ビッグスワンでのアルビ最終戦ゲームに、ゴミ分別ボランティアとして参加しつつ、応援。悲願のJ1昇格です。とっても嬉しい!
午前中は民主党新潟県連衆院選選対本部解散式。若干の意見交換も行われました。

2003年11月17日(月)〜21日(金)
1週間のご無沙汰でした。更新を再開します。
皆さんに当選後のご挨拶もそこそこに、国会での事務所づくりを始めました。
17日(月)にはすでにアポをとっていたさまざまな面会や議員宿舎の下見も兼ねて、新潟の事務所スタッフとともに東京へ。
18日(火)は民主党両院議員総会と新人議員研修会。今回、民主党の新人議員は58名。そのうち多数が20代30代という若さです。さらに女性の衆議院議員も民主党内では総選挙前の6人から15人へと飛躍的に増え、熱気に包まれていました。 この日の午後、初めて議員会館の部屋に入りました。第2議員会館404号室が私の居室です。南向きの部屋です。明るいね、と喜んだのはいいのですが、ここからが大変。公報の受け取り、通行証の交付、ドアロック、国会議事堂近辺の建物と部屋の所在地の確認、ファクスやコピー機の設置、パソコンの設置、次々と届く文書の山と次々と訪れる来客、等々、将来はルーティンになる仕事が入居と同時にどっと舞い込み、初心者マークの議員本人とスタッフはてんてこ舞い。先輩秘書さんたちの教えをお願いしながら、つっかえつっかえの事務所の船出です。県議の経験から類推することはできるのですが、なにせ分量が違います。新潟からのスタッフ2人と東京でのスタッフ1人、本当によくやってくれます。
19日(水)、いよいよ初登院の日。朝、泊まっているホテルを出て、地下鉄で国会へ向かいました。ふだんは閉まっている国会議事堂正面玄関は、この日だけは開いて議員を迎え入れます。玄関前は多くの新人議員と支持者と思われる方々、その人数をはるかに超える数のマスコミ、その間を縫って議員を乗せて走り去る黒塗りの車、などなどで入学式のような雰囲気です。 私も取材や写真撮影のあと、正面玄関から議事堂へ入りました。当選証書を見せて本人の照合を行い、議員バッチを職員の方からつけてもらって、ランプを押し、初登院の「儀式」を終了。あらためて市民の皆さんからいただいた負託の重みをずっしりと感じました。
 さて再び国会内での挨拶回りなどを経て、午後12時40分から代議士会。県議会でいえば、本会議前に議事などの最終確認を行う党議です。この日は議長・副議長の選挙と、首班指名、そして、異例なのですが会期を採決によって決することになったので、その経緯について説明がありました。イラク、年金、北朝鮮、経済、などなど、さまざまな課題が山積する現在、総選挙が終わって第2次小泉内閣が発足したのですから、首相の所信表明があって、それについて論議の日程が確保されるというのがごくごく当たり前に思われます。しかし自民党の国対はそれを拒否。小泉首相の逃げとしかいいようがありません。国会がこんなことでいいわけがありません。しかし採決の結果、会期はたったの9日間に決まり、実質的な審議は週明けの予算委員会(衆参1日ずつ)に。いくら民主党が議席数を伸ばしたとはいえ少数であることに変わりはなく、数の力の前に、歯がゆさでいっぱいです。
20日(木)の国会は常任委員長の選挙や特別委員会の設置などです。淡々と過ぎていきます。
21日(金)は天皇陛下の国事行為、参議院本会議場で開会式が行われました。1年生議員の仲間とともに足を運びました。11時に始まり、11時7分に終了。 この日の朝は議員連盟で緒方貞子さんのお話を聞く機会があり、私も参加してきました。「世界の難民の母」と呼ばれた緒方さんの、人間の安全保障についてのお話。非常に説得力があり、かつ分かりやすく、緒方さんの目に映ったもの、耳で聞いてこられたもの、肌で感じたものが、私にまで伝わってくるようで、感動的でした。
夕方まで雑務をこなし、新潟のスタッフ2人と一緒に帰港しました。1週間、ホームページの更新はストップしたまま。自宅に帰って新聞をチェックしていると、「世の中の変化にいちばん反応が鈍かったのが政治。市民のニーズの把握につとめたい」という私のコメントについてのコメントが載っていました。その点からも、ホームページの充実は大事な課題です。来週の更新は、議員会館のLANがようやくつながりましたので、今週よりはスムーズに行えるのではないかと思います。ご質問やご意見をお待ちしております。


2003年11月11日(火)〜15日(土)
ご挨拶回り。東京とのやりとりが間断なく続きます。来週の日程がほぼ決まりつつあり、19日に初登院。議員会館は第2議員会館404号室、宿舎も決まりました。いよいよこれからスタートです。
2003年11月10日(月)〜その2〜
朝、ホテルリッチ前で朝のおはようコール。もうずっと続けてきた市内各地での行
動、当選後は車から手を振ってくださる方々の数が多いような気がします。 ご挨拶回りは、新潟市長、新潟県知事をはじめ、各方面へ。夕方は久しぶりにスーパーへ寄って買物をして、自分で夕ご飯を作って食べました。
2003年11月10日(月)
119,297票もの負託をいただき、当選の栄に浴することができました。多くの方々からのご支援と事務所スタッフやボランティアの皆さん、そして、私の目に見えないところで応援してくださっていた方々すべてに心から感謝申し上げます。
当選がゴールではありません。
本番はこれから。
残念ながら民主党は今回も野党の座に甘んじることになりました。 皆さんにお約束したマニフェストは、もともと政権公約という性質のものではありますが、今後とも野党の立場から実現に向けて努力を続けます。 また、私自身が新潟市民の皆さんにお約束した「わたしの約束」実現のため、果敢に挑戦してまいります。
皆さんからは、今後とも、私の議員活動をしっかりウォッチしていただきたく存じます。
そのための意見交換とフィードバック等は欠かさない決意です。 短いようで長い選挙戦でした。
今日だけは手放しで勝利をともに喜び合いたいと存じます。
皆さんとともに闘ってきたことを、本当に誇りに思います。
本当にありがとうございました。
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